[PR]今日のニュースは
「Infoseek モバイル」

何をしてきたか?
どういう気持ちでそれをしてきたか?(ダイジェスト版)

ここでは、僕自身の経験した『虐待加害行為』の状況とその時の気持ちをまとめてみました。('99/06/24開始)

 

 先妻の子供に対して

 現在の長男に対して

 現在の長男に対して 2 (複雑なパターン)

 次男に対して

 長男、次男に対する暴力の共通の構図

 相談

 回復?

 転機となった事件

 それから1年・・・・・

先妻の子供に対して

僕が23歳の時に、先妻の子供(1歳前後)を虐待(?)したのがそもそもの始まりでした。
よく覚えているのは、太ももを何度も叩いたことと、何度か熱湯ミルクを飲ませようとしたことです。
熱湯ミルクは、本人が口をつけた瞬間に泣き出したので、未遂ですが・・・・・
無理矢理飲ませていたら、大変なことになったと今でも思います。

ではなぜ、そのような行為をしたかというと、

* 自分の時間を子供に奪われることが基本的に嫌だった。
* 自分が不幸な生い立ちだと思っていた為、平和な顔でミルクを飲む子供たちの表情に腹がたった。

という理由が考えられます。
平和な顔でミルクを飲む子供達の顔に、平和な気持ちではなく、腹がたってしまったことはどうしてだろう?
それは何か不公平感があったのだと思います。

現在の長男に対して


その後、再婚した僕は男の子を一人授かりました。
長男に対しては、

・やはり熱湯ミルクの未遂が何度か。
・乳児の頃、手ぬぐいを鞭のようにして太ももを打った。
・自分がキレると、抱えあげてベッドに投げつけた。
・50回くらい、殴り付けた。(手が止まらなくなる)
・パパぁ、と擦り寄ってきても罵声を浴びせて追い返した。
・死んでしまえ! 飯食うな! など罵声を浴びせた。

などです。

で、どうしてそのような虐待をしたのかというと幾つか思い当たる理由があります。


現在の長男に対して 2 (複雑なパターン)


長男に対してやってしまったことのうち、ちょっと複雑な構図のものがあります。

それは、妻が長男を叱って大声を出すと、僕は発作的に長男を叩いたり罵ったりしてしまう、というものでした。

これは、長い間不可解な虐待パターンだと思っていたのですが、徐々に明らかになってきました。

僕が子供の頃、大声を出す人物は二人いました。父と母です。
僕が19歳のときに家を出る直前まで、二人が大声を出しているのが日常的でした。


パターン 1

 

加害者(怒鳴る人)

被害者(怒鳴られる人)

当時

現在

僕の妻

僕の長男


パターン 2

 

加害者(怒鳴る人)

被害者(怒鳴られる人)

当時

現在

僕の妻

僕の長男


パターン 3

 

加害者(怒鳴る人)

被害者(怒鳴られる人)

当時

現在

僕の妻

僕の長男


次男に対して


長男とは、4さい半違いで、次男が生まれました。

次男誕生までの間に妻との間に消えない恨みを抱いたことは、【
妻への恨みが次男への敵意に】にも書きました。
そのことも次男への虐待の原因になっています。

長男に対して行ったことのうち、次男には一度も起こっていないことがあります。
長男に対しては、

・熱湯ミルクの未遂が何度か。
・乳児の頃、手ぬぐいを鞭のようにして太ももを打った。
・自分がキレると、抱えあげてベッドに投げつけた。
・50回くらい、殴り付けた。(手が止まらなくなる)
・パパぁ、と擦り寄ってきても罵声を浴びせて追い返した。
・死んでしまえ! 飯食うな! など罵声を浴びせた。

などでしたが、これらのうち、4つは、一度も起こりませんでした。

 

長男、次男に対する暴力の共通の構図


共通の構図を持つパターンもあります。

それは、僕が大切に思っている家族に危害を加えると、それに対して制裁を加えたくなる、というものです。


 

加害者(無意識に危害を加える人)

被害者(危害を加えられる人)

or

大切に思っている人

制裁を受ける人

長男が乳幼児の時代

長男

長男

次男が乳幼児の時代

次男

長男

次男


相談

虐待の最中は、エネルギーが発散して気持ちいいような気もするのです。(つまり、排泄の快感みたいなもの?)
が、その後はひたすら『自己嫌悪』です。
ですから、当座は仕方がないと思っていましたが、諦めていたわけではなく、何か原因があるはずだといつも思っていました。
先妻にも、現在の妻にも言えなかったので、悶々とする日々が続きました。
それは、何年にも渡って続きました。
でも結局最後には、『このままでは悪くなる一方だ。とり返しのつかないことになる前に』と思いました。
それで地域の保険福祉センターの相談窓口(一般精神衛生相談)に行きました。

それが1997年の12月でした。

回復?

保健婦さんを通じて、医師のカウンセリング(今後の相談)を一回だけ受けました。
その先生を仮にA先生とお呼びします。
A先生は、幼児虐待の加害者の回復などに精通したかたでした。
アダルトチルドレンの説明や関連書籍の紹介、自助ミーティングの紹介、インターネットの活用方法などを教えてくれました

これらのおみやげをもらって帰った僕が、選択したのは、
インターネットの活用でした。
A先生からは、
『21世紀家族研究所』というサイトを紹介してもらっていたので、早速アクセスしました。
そこにもアダルトチルドレンや共依存の説明が書かれてありました。
『21世紀家族研究所』の掲示板やCHATを通して、心の問題を抱える友人がたくさんできました。

長男への虐待はピタリと止まってしまいました。

その当時は、
あーなおってしまったのかな? 思ったより、軽かったのだろうか?と思っていました。
そうであったら嬉しいな、と思ってましたし、虐待が起こらない毎日は安心感に満ちたものでした。

転機となった事件

だけど、ものごとはそううまく運ばないものですね (;;)
転機はすぐに訪れました。

すっかり毎日が楽しくなった僕は、ACでない友達と東京ディズニーランドに遊びに行ったんです
はじめのうちは調子が良かったのですが、長男が友達の前で愚図り出したとき、一気にストレスが高まったのです。
友達の前で恥をかかされたと思った僕は、長男を抱えてその場から離れ、遠くに行ってからいきなり頬を叩きました。
そのあと、自分の車に連れて帰るまでのあいだ、荷物のように肩に抱えておしりを何度も叩きました。
車にたどりついたので、落ちついた、助かった、って思ったのですけれど、後部座席に臥せって泣いている長男を見て

何、泣いてんだよう!!

と、拳を振り下ろしました。
そうしたら、手が止まらなくなりました・・・・・

じきに妻も車に戻って来たのですが、妻が戻ってからも10回くらい叩いてしまいました。
驚いた妻は
なんてことするのよ!!と言いました。

この事件のときは、50回くらい(いやもっとかも?)連打してしまいました。

それから1年・・・・・

6月21日の事件を重く見た僕は、もう一度A先生のところに相談に行き、敬遠していた自助ミーティングにも参加しました。
自分や両親などについて思い出せることをたくさん書き出してみました。

その年の10月に会社を辞めてしまい、引きこもり状態になってしまったのですが、心配して訊ねてくれた両親に今までの
思いをぶつけてみたことも回復に役立ったのかも知れません。

あの事件から1年・・・・・
うまく子供と接することが出来ない日もあったけど、以前のような暴力・暴言は全く出ていません。

子供たちが一層、可愛く思えてきて、やっと人並みのスタートラインに着いたのかなって思います。

ACとしては、まだまだ問題を抱えているのですが、今とっても幸せな気分です。